エントランスを抜けると、受付嬢にまたもや不思議そうな顔をされてしまう。当たり前だ。今日ここを通るのはすでに4回目。普通では考えられない。
 ごまかすように彼女たちへ頭を下げたが、彼女たちの視線はすでにわたしにはなく、後から入ってきた大佐の方へと向けられていた。大佐はアイドルさながらにこやかに笑って、彼女たちに向かって軽く片手を上げる。それだけで彼女たちは心底幸せそうな顔ができるのだから、少しそれがうらやましい。わたしもこうやってマスタング大佐直属の部下になっていなかったら、あんな風に彼に憧れることもできたのかもしれない。
 恨めしい気分で大佐のことを睨んだ。気付かれないだろうと思っていたのに、彼はめざとくその視線を拾い上げ、つかつかとわたしに歩み寄ってくる。

「何ですか?」

 ばつの悪さに目を合わせずにそう尋ねる。彼はわたしの隣に立つと、少し腰を折った。

「心配しなくても、私が愛しているのは君だけだよ、

 耳の中に落とし込むみたいに彼が言った。そのあと響くようなリップ音が続いて、わたしは声にならない声で真っ赤になりながら中尉の元へと駆け寄る。重い金属音がして、中尉が引き金を引こうとしているのが分かった。
 それを見ると、大佐は軽く舌打ちをして、わたしを追い抜いてさっさと一人で階段を上っていった。早鐘を打つ胸を押さえる。大総統にセクハラで訴えてやろうか。






 素知らぬ顔でデスクに着くと、またもや笑いを堪えたような視線が向けられる。けれども、中尉がわたしの戻ってきた理由を簡単に説明すると、みんな納得したのかただ単に忙しいのか、興味を失ったように仕事に戻っていった。

「そんなに暇なのか」

 ハボックが机の上の書類を眺めながら、こちらを見ずに言った。

「大事な上司のためですから」
「お前、その言い方誤解を招くぞ」
「う…」
「いくら中尉の頼みでも、彼氏の一人や二人もいりゃ断ってんだろ」
「うるさいな。彼女の一人や二人もいないハボックに言われたくない」
「かわいくねー」
「あんたにかわいいと思われたかないですー」

 軽口を叩き合いながらも、わたしもハボックもペンを走らせることを忘れない。ハボックはいつもけだるげでやる気のなさそうな顔をしているが、案外と真面目だ。大佐は見たまんま、やる気のない人だけれど。

「…大佐、どちらへ?」

 先ほどやっと席についたばかりの大佐が、もう立ち上がろうとしている。中尉が目ざとく見つけて、すぐさまそれを制した。

「そう目くじらを立てるな。コーヒーが飲みたくなっただけだ」
「私が注いできます」
「わたしが注いで来ますよ。中尉は大佐を見張っててください」
「そう?じゃあ、お願いできるかしら」
「はい」

 わたしが立ち上がると、現金なことにみんな一斉に「俺も」と手を上げた。大佐は大層残念そうにもう一度席につくと、「おいしいのを頼むよ」と唇を尖らせた。






 コーヒーを全員分注ぎ終わると、目の前に広がるコーヒーカップの多さに少しため息をつく。誰か手伝いに来てくれたっていいじゃないか!と心の中だけでぼやいて、仕方がないのでお盆を探すことにした。片手にひとつずつ持って往復してもいいが、その間にコーヒーが冷めてしまうし、なにより面倒だ。


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