
背伸びして上の棚を探ってみるけれど、とりあえず私の視界のなかにはそれらしきものはなさそうだった。どうしようかと立ち尽くしていると、給湯室の開け放たれた扉をわたしを呼ぶようにノックする音が聞こえてきた。
「あれ?ハボック?どうしたの」
煙を一つ吐いてそのままタバコをくわえながら、「手伝いに来てやったんだよ」と器用に答える。意外だなぁと思った気持ちを隠しもせずに彼を見つめていると、かすかに目を細めた彼から煙を吹きかけられた。
「ちょっと!何すんの」
「なんか顔がむかついた」
「気のせいでいやがらせするのやめてもらえません?」
「ばーか」
わたしよりずっと高い位置にある目がわたしを見下ろし、視界は彼の大きな体で埋め尽くされていた。なんだか居たたまれなくなって、「お盆がなくて」と話題を変えて、彼の視線をずらしてみる。ハボックは、「ねえな」とか言いながら、大きな手で上の棚をごそごそあさっている。脇から除いてみると、乱暴に扱っているかと思いきや、意外にも置いてあるものをきちんときれいに並べ直していた。なんなら前より整頓され出している棚のなかに、こっそり声を殺して笑った。
「お前もどっか探せよ」
わたしの視線に気づいたのか、ハボックが下の棚を指差した。しゃがんで開き戸を開けてみると、すぐに探し物は見つかってしまった。しゃがみこんだまま、ハボックの軍服の上着の裾をちょんちょんと引いて、彼の視線が向いてからお盆を取り出すと、呆れたようなため息が返ってきた。
お盆に乗せたときには、カップのなかのコーヒーはほどよくぬるくなっていた。触れたところから伝わってくるぼやけた熱に苦笑すると、ハボックも目を合わせて同じような笑みを浮かべた。
二つのお盆にそれぞれのカップを乗せて給湯室を出た。乗せられているカップの量はハボックの方がいくらか多い。
「ねえ。そういえばわたし少尉からお返しもらってないんですけど」
「あー…今手伝ってやってんじゃねえか」
「いやいや、モノを下さい」
「お返しっつーのは気持ちだろ、気持ち」
「よく言うよ」
ハボックは器用に片手でお盆を持つと、口にくわえていた煙草を人差し指と中指の間で挟んで、ふうっと煙を吐いた。大きい手。意外ときれいな指だ。
「あー、彼女ほしいよなぁ」
「ハボックなら声を掛ければ誰でもついてくるんじゃないの」
「誰でもいいってもんじゃねーだろ」
「否定すべきところは別にあるでしょ」
「お前が言ったんだろうが」
わたしの視線に、にやりと笑う。
「好きな子に好かれたいわけよ」
「へぇ…」
「んだよ、その目」
「意外すぎて真ん丸に開いた目」
「説明しろとは言ってねえ」
「…ハボックって結構まじめだよね」
「はぁ?
、お前今頃気づいたのかよ」
「そ。今頃気づいたの」
わたしがハボックの方を見ずにそう答えると、彼は煙を吐きながら、軽く声を立てて笑った。わたしとハボックのお盆の上のコーヒーたちは、まだかろうじてかすかな湯気を上げている。
END.06 | コーヒーブレイク(ハボック)
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