
探し物は下の棚からあっさり出てきた。きちんと縦に立てかけられているお盆を、周りに並べられている用具類を崩さないように慎重に取り出す。
注いでおいたコーヒーはまだ十分なほどに湯気を立ち上らせていた。こぼさないように気をつけながらお盆に乗せていると、いきなり背後から肩をたたかれ、驚いてちょうど持っていたカップから少しコーヒーがこぼれてしまった。あちっと、反射的に小さく呟くと、肩に乗っていた手が伸びてきて、わたしの手を掴んで蛇口をひねって水にさらす。心配そうな声音で、「大丈夫か」と大佐が言う。手の熱さよりも、今のまるで後ろから覆いかぶさられているような状況の方が、わたしを随分と焦らせていた。
「…大丈夫ですから離してください」
「火傷はすぐ冷やさないと跡が残るかもしれないからな」
「そんなに酷いものじゃないですって」
「いや、すまない。私のせいだな」
「本当に。大丈夫ですから」
大佐はわたしが抵抗の意を示すように身をよじったのが気に食わなかったのか、なおさらきつく手を握った。少し痛いくらいに。ますます逃げられない状況に追い込まれて行っているような気がする。
「
は、私が嫌いか」
「はい?」
聞いたことのない弱弱しい声音だった。
「私より少尉の方が好きか」
「な、なんでそこでハボックが出て来るんですか」
ハボックとわたしはそんな関係じゃないのに。呆れと失望が混ざった気持ちで流れる水を眺めた。
大佐がまた、自分のことが嫌いかと繰り返した。その声は弱弱しくて、ひどく深刻な色を帯びていてこわい。すぐ近くで大佐の息遣いが聞こえて、きっと今後ろを振り向けば、目の前に大佐の顔を見つけてしまうだろうことは容易に想像がついた。彼がどんな顔をしているか気になったが、それ以上に自分がどんな顔をしているのかが分からなかった。
この人はわたしをからかうのを趣味にしていて、それはいつか飽きられてしまうものだろうと思っている。もっと面白いものや大事なものができれば、わたしのことなんかすぐに忘れてしまう。分かっている。分かっているのに、どうしてこの人はこういうたちの悪い冗談でわたしの心を乱すのだろうか。
「なんだか君をいじめているような気分になるな」
縮こまって何も言えないでいると、大佐がいつもの軽い調子に戻って少し笑った。掴まれていた手の力が弱まって、やがて大佐の体とともに離れていく。
ようやく呪縛から解き放たれて、彼の方に体を向けると、大佐はカップを乗せたお盆を手に、給湯室を出て行こうとした。
「
」
「…はい」
「君の火傷がもっとひどかったらよかったなんて言ったら、君は怒るかい?」
「え?」
冗談だよ、と大佐は含んだような笑みを浮かべたまま、給湯室から出て行った。
END.07 | 火傷のあと(ロイ)
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