身を翻すようにしてアルフォンスくんの横を通り抜けて、脇にあった狭い路地へと滑り込む。普通に走っていてあの二人に勝てるわけがないから、とりあえず至急隠れられるところを確保しなければ。視線を右へ左へ忙しなく動かしていると、突然背後から伸びてきた手によって口を塞がれ、さらに狭い隙間へと引きずり込まれた。
 もがもがと抵抗してみたが、その手の力は半端ではなく、わたしは全く声の出せない状態になっていた。しかし、ふと自分の口を塞いでいる手をよくよく見てみると、白く細いそのきれいな手はなんだか見覚えがある気がする。右の方に伸びている青い布地を見て、「あぁ」と腑に落ちた。手の主に伝えるように、腕を二、三度、軽くたたくと、彼女はわたしを解放する。

、家に帰ったんじゃなかったの?」

 なんとか首だけ後ろを向くと、にっこりと微笑む中尉の姿があった。朝見た通りの軍服姿だったから、きっとまたサボり中のあの人を探しに来たのだろう。

「ちょっと、大佐とエドワードくんの喧嘩に巻き込まれちゃいまして」
「あら。エドワードくん来てるのね」

 中尉は、ふふふと含んだような笑みを浮かべて目を細める。それから、「そうそう」と真顔に戻って話を続けた。

「大佐もいたのね」
「はい」
「そう」
「また、ですよね」
「そうなのよ。あの人、デスクワークに関しては毎日土砂降りだわ」

 冗談めいた言葉を吐いても、中尉の顔は笑っていない。びくびくしているわたしに気づいて、かすかに表情を緩めてから、「じゃあ、行きましょうか」と、二人で狭い路地を抜けだした。
 大通りに出ると、左手に鮮やかな青を身に着けた大佐が見えた。わたしは手で中尉を制してから、にこりと微笑んで大佐に駆け寄った。腕を掴んで、普段は出したこともない甘い声で彼を呼ぶ。それから横目で中尉に合図を出した。






 逃げ回ることにも飽きたのか、大佐は存外あっけなく捕まった。おかげで今回は中尉が発砲することもなく平和的に事が済んだので、うっかり彼に感謝しそうになったくらいだ。

「あまり中尉を困らせないでくださいよ」
があんな風に私の名を呼んでくれるのなら、見つけられるのもいいものだな」

 唇を耳元に寄せて大佐が言った。わたしは反射的に彼から距離をとって叫ぶ。

「二度と呼びませんから!」

 愉快そうな笑い声が聞こえて、うんざりして中尉の隣に回り込んだ。

「ありがとう。おかげさまで助かったわ」
「中尉のお力になれたのだけが救いですよ…」
はもうこのまままっすぐ帰るの?」
「はい、そうしようかなと思ってますけど」
「そう…あの、もしよければ、少し手伝ってもらえると助かるんだけれど」

 申し訳なさそうに中尉が眉根を下げる。端正な顔が憂いを帯びて、うっかりしていると見惚れるほどだ。わたしが困って口ごもっていると、「あ、でも、デートの約束とかあるわよね」とからかうように中尉が言った。少し重くなった空気を払拭するために言ってくれたであろう冗談だったが、大佐がこれを聞き逃すわけがなかった。

「さすがするどいな。はこれから私と約束があるのだよ」
「寝言は寝てからおっしゃってください」

 ぴしゃりと言い切られ、大佐が一瞬たじろぐ。

「私は、大佐より少尉の方が確率的に高いと思ってますから」
「はい?!な、なにを言い出すんですか、いきなり!」
「あら?言ってなかった?私と中佐は少尉派よ」
「いや、"派"ってなんですか、"派"って!」

 中尉はさっき路地裏で見せたのと同じように含んだ笑みを浮かべた。一方の大佐の方と言えば、ヒューズさんの名前をいつもよりいくらか低い声で呟いてから、なんだか悪い顔をしている。


「やっぱり今日は帰らせてください」
「手伝いますよ」