
とりあえず自分の直感を信じて、わたしは左へ進路をとった。少し行くとガラス張りの渡り廊下があって、その先の階段を下りれば出口だ。
なんとか逃げ切れそうな気配に浮き足立つ気持ちを抑えて、早足で歩く。家に帰り着いたら何をしようか。まずはお布団を干して、少し溜めてしまっていた洗濯物を片付けよう。それから掃除をするのもいいかな。どうせ街に出たって、今日は幸せそうなカップルのなかで寂しい思いをする羽目になりそうだし。
やっとエントランスまで来たところで、受付嬢に「もうお帰りですか?」と驚いたような声をかけられた。非番だということを忘れていたなんて、わざわざ説明するのも恥ずかしくて苦笑いを返す。彼女は不思議そうな顔をしながらも、小さく頭を下げて見送ってくれた。
扉を開けて外へ出ると、見知った人を見つけた。
「ヒューズさん!」
「おお、
か。ちょうどよかった」
「何か御用ですか?」
「おう。お前さんに渡したいものがあってな」
「渡したいもの…ですか?」
ヒューズさんはそのまま道端で、自分のカバンのなかをごそごそとあさり始めた。すれ違う人々が怪訝そうな視線を投げかける。
「ヒューズさん、とりあえず中に入りますか?」
「ん?…おお、そうだな」
ヒューズさんは周りの視線に気づいたのか、わずかに苦い笑みをこぼした。
わたしとヒューズさんは、エントランスに置かれたふかふかのソファーに腰を下ろした。本来これは来客用なのだけれど、私の知る限りはもっぱらヒューズさんが遊びに来たときに使われているような気がする。一応、彼も"お客様"と言えばそうなのだが、わたしにとってはそんな気がしなくて違和感がある。
「じゃーん!」
ヒューズさんが満面の笑みで赤いリボンで口を結ばれた、クリーム色の袋を取り出した。それを嬉しそうにわたしに差し出して、開けてみろと急かす。
彼があんまりにも嬉しそうな顔をしているから、わたしもつられて笑ってしまう。急かされるままに急いで赤いリボンを引っ張ってなかを覗いた。乳白色の布地。袋に手を入れてそっと取り出すと、それはピンクの模様のついた真っ白の服だった。多分パジャマだろうか。
「ヒューズさん、これって…」
ピンク色の模様はうさぎの形をしている。なんだか見覚えがある気もしないでもない。
「かわいいだろ!それ、エリシアちゃんと色違いなんだよー」
そう言うと、彼は流れるような仕草で、いつものように懐から写真を取り出した。そこには確かにうさぎよりも薄いピンクをした、うさぎ模様のパジャマを着て眠っている彼の愛娘の姿がある。だから見覚えがあったのか。
「あ、ありがとうございます…」
「
も絶対似合うぞ、それ」
この人はわたしをいくつだと思っているのか。困惑は隠し切れなかったと思うが、ヒューズさんはにこにこしながら、「着たら写真撮って見せてくれ」なんて続けるので、わたしはもう一度お礼を繰り返すことしかできなかった。
「お前さんはもう帰んのか?」
「あ、そうですね」
「俺は今から中尉にもお返しを私に行くんだが、どうする?」
ヒューズさんがわたしを見る。中尉に対する彼の"お返し"が何かとても気になったけれど、そこには当然のことながら大佐がいるし、そうなると"お返し配達"にも"残業"にも借り出されるに違いない。
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ヒューズさんについていく
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やはり家に帰ろう