カーテンの隙間から差し込む光に瞼を焼かれ、片目だけ目を開けた。特に低血圧というわけでもないのに、朝はやたらと苦手だ。それは寒い時期に入ればなおのことひどくなる。だんだん温かくなってきた日差しがせめてもの救いといったところだろうか。わたしはまるでナメクジのように、のそのそとベッドから這い出た。

 朝食の準備中もあくびが止まらなかった。たまごをフライパンに落とすときにも、大あくびで明後日の方向へ落としそうになったくらいだ。キッチンの壁に掛けてあるカレンダーを横目で眺める。今日は3月14日。世に言うところのホワイトデーだ。

 バレンタインデーには、一応義理で職場の仲間と上司にチョコレートを配りはしたけれど、お返しを期待しようとは思わなかった。毎年この日は、もらうか贈るかで言えばわたしは後者の立場だ。それは言うまでもなく例の無能上司のおかげで、当然のようにこの日は残業になる。彼の大切な恋人たちへお返しを配り歩きながらの仕事だから、当たり前といえば当たり前のことだ。

 ぼんやりとそんなことを考えながら料理をしていると、さっき火にかけた目玉焼きが黒い煙を出し始めているのに気が付いた。慌てて火を消したが、裏側がすっかり真っ黒焦げだ。どうも今日はついていないような気がするなぁ。肩を落として小さくため息をつくと、なんだかまたベッドへ戻ってしまいたいような気分になった。






 出勤していつものように挨拶をして自分の席につくと、珍しいものを見るようにあからさまな視線が飛んできた。まさか寝癖でもついているのだろうか。慌てて髪を手で撫でつけてみるけれど、どうもそんな感じは指先から伝わってこない。仕方がないから隣からの凝視するような視線に向き直ってみることにした。

「何?」
「お前、今日非番じゃねえの?」
「うそ・・・!」
「勤務表見て来いよ」

 ハボックが指差した方へ駆け寄って、壁に張り出されていた勤務表に目を滑らせる。自分の名前を素早く探し、視線で追って行くと、確かに14日のところに"非"という文字が印刷されていた。私はなんてもったいないことをしてしまったんだろう。

 唖然とするその顔に部屋中で笑いが起こった。「笑わないでくださいよ」と言った自分の頬が熱くて仕方がない。いやでも、とりあえず大佐が来ていなかっただけマシだ。もし彼がいたら、「はそんなに私に会いたかったのかね」とかなんとか綺麗な笑みを浮かべながら、満足げに言うに違いない。
 確実に赤くなっているだろう頬を片手で押さえながら自分の席に戻る。真横の高い位置にある、にやにやとした顔がむかつく。

「お前どうすんの?そんなに大佐の手伝いしたいんなら、俺変わってやるけど?」
「違うに決まってるでしょ」
「へーへー、分かってるっての。帰るんなら大佐が来る前がいいんじゃねえ?」
「…う、うん!」

 ハボックに急かされるようにして荷物をまとめる。その間も大佐がいつやってくるかとひやひやしていた。みんなに笑われながら、とりあえず「また明日」と挨拶して部屋を後にする。廊下を出た瞬間、階段を上ってくるような靴音が鼓膜を震わせた。確信はないけれど、その靴音の主はおそらく大佐だろう。ばたばたと逃げるように駆け出す。


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