「正直、主はあなたを構いすぎると思いませんかな」
「はあ」

朝餉の後、珍しく不機嫌そうな表情を浮かべた一期さんに呼び止められた。主・・・あぁ、のことか。言われてみれば確かに、呼び出されてからこちら、は暇さえあれば俺の近くに寄ってきている気がする。犬っころみてえだなぁとは思っていた。とはいえ、近侍は俺の知る限り、ずっと一期さんだ。構われているという表現をするならば、この人も相当のもんだと思うが。

「近侍の一期さんに言われるとは」
「そういう意味では、近侍でもないのに、良く一緒におられるなと」
「あー、なんか落ち着くとは言われたかなぁ」
「ほう」
「皆、なんだかんだ一線引いたところあるじゃないすか」

常日頃、穏やかな物言いしかしないこの人が、随分と刺々しい言い方をするから、少々いたずら心が湧いた。も隅に置けねえなぁ、と思いつつ、もう少し煽ってやるにはどう言うのが効果的か思案する。

「例えば言葉遣い、もう少し崩してみたらどうすか」
「あなたのように、という意味ですかな」

益々不満そうな声だ。しかし、検討の余地ありと思ったのか、口元に手をやり何事か考えている様子だった。にまにまと口元が緩みそうになるのを必死でこらえる。唇を真一文字に引き結んで堪えていると、一期さんの肩越しに、こちらに歩いてきていたと目が合った。嬉しそうに微笑み、駆け寄ってくる。やっぱり犬っころみてえだ。

「御手杵と一期さんが一緒なんて珍しいね」
「ああ、」
「内番の件で少々聞きたいことがありまして」

遮るように言った一期さんの言葉に、は興味なさげに相槌を打った。それから、「御手杵、ちょっと散歩行かない?」などと続けるもんだから、彼女が来てからいつもの優しそうな顔つきに戻った一期さんの目が、死んだ魚のように精気を失う。その目でこちらを睨んでくるから、さすがに身の危険を感じて、彼女の誘いを丁重に断った。

「悪い、俺これから用があるんだよ」
「えー」
「主、私も少しお話があります」
「え・・・」

明らかにびくついた様子に、一期さんの不機嫌はにすら隠し切れないものとなっていた。やばいやばいと、大人しく退散の姿勢をとると、が一緒についてこようとする気配を見せたから慌てた。しかし、追い返そうとする前に、一期さんが彼女の手を引いて、近くの部屋に引っ張り込んだ。襖が閉じられる瞬間、の恨みがましい視線を感じたが、両手で拝むような姿勢をとって、彼女を見ないことにした。

閉じられた襖に近づいて、中の気配を伺うと、「私のことも構って下さいよ」という弱弱しい一期さんの声が聞こえて、さらに弱り切った感じのの声が続いた。ただ、なんだかまんざらでもない空気なのは間違いない。
まぁ、あれだ。夫婦喧嘩は犬も食わねえってやつだなぁ。

(2016.03.06)



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