
日本の夏がこんなに不自由になるほど暑いとは思っていなかった。日盛りの午後、夏が駆け足で走り回る公園はすっかり熱に埋もれていて、体じゅうの水分を干上がらせようと躍起になっているように思えてくる。
ここのところ、暑苦しい蝉の合唱から逃げるように部屋に閉じこもっていた俺たちは、このままではいけないと、何をとち狂ったか昼さなかから公園に遊びに来ていた。何の気なしに眺めていた夕方のニュース番組で、水遊びをする子供たちを見ていたら、無性に"夏の思い出"とかいうやつを作りたくなったからだ。もそんな気になっていたようで、近所の大きな噴水のある公園の話をしながら、俺が乗り気かどうか、それとなく探るような目を向けてきた。
目的の噴水を日陰から眺めながら、先程からこめかみに線を描いている汗を拭う。隣にいるもゆでられたあとみたいに頬を紅潮させ、下した前髪を横に流す仕草をした。どこから出したのかヘアピンを取り出し、そのまま留める。俺はそれを羨ましく思いながら、額に手を差し入れ、汗を掬った。ふと、目が合う。
「アーサーも前髪留める?」
「それ女物だろ?別にいい」
「でも暑くない?」
「まぁ…でもいい」
「素直じゃないなぁ、もう」
汗で濡れた前髪は額に張り付き、水分を含んで重くなった分だけ視界を遮った。呆れたように笑うの額は解放されて、気持ちよさそうにめいっぱいに呼吸をしていた。俺も真似して口から空気を吸い込んでみたが、熱を含んだ酸素に肺を焼かれただけだった。
「今朝、何で我々はあんなにやる気だったのだろうか…」
「ほんとにな。特にお前がな」
「えー!私だけじゃないでしょ。アーサーだっていつもより随分早起きだったじゃん」
「暑くて寝てられなかったんだよ」
「あー、はいはい」
噴水の脇にある芝生の上で、スプリンクラーが虹を作っていた。3、4歳くらいの子供がそれを捕まえようと跳ねまわっている。その姿を最上級の幸福を顔に乗せて眺める夫婦。
子供。子供かぁ。俺との子供なら絶対かわいいだろう。一人目はできればによく似た女の子がいい(本田が「一姫二太郎」と言ってたし)「お父さんと結婚するー」とか言ってくれるような、かわいらしい子。…でもそうは言ってもいずれは嫁に行くんだよな。そう思うと父としては辛い。もちろん喜ばしいが。
朦朧とする意識のなかで、視線の先に幻を見ていると、ひんやりと柔らかいものが額に触れた。思考を現実に戻してしっかりと前を向けば、の瞳が不審に揺らいでいる。
「…何か泣いてる?」
「な…泣いてるわけないだろ!」
「だってなんか目がうるうるしてるし。おなか痛いの?」
「何でもねえよ!」
ヘアピンでまとめられた前髪では、紅潮する顔を隠せない。相も変わらずの顔には小さな疑問がもたげていたが、俺はそれにふさわしい回答を持っていない。
全ては夏のせいだ。
(2016.02.29)
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