放課後の教室。夕暮れのオレンジに染まるカーテンが揺れる。窓から吹き込む風が頬を撫でて、それからの髪の毛に触れる。俺と以外は誰もいなくて、ここだけ世界から切り取られたみたいだ。二人だけの箱庭は、彼女の話す声と、俺のペンを走らせる音だけが――そう、俺はペンを走らせなければならない。訳の分からない文字の羅列されたこの真っ白なプリントに。

「ギル、いま話聞いてた?」
「ん?おー・・・聞いてた聞いてた」
「絶対聞いてないよね・・・?」
「え、あー・・・」
「もー!ギルが終わらせてくれないと、私も帰れないんだからね!」

拙く睨む目。少し低い鼻に、不服そうに歪む唇。まとめた髪の毛の下の露わになったうなじ。「次の問題ね」と指差す細い指にくっついた桜の花びらみたいな爪。全部かわいい。全部好きだ。キスして、押し倒して、それら全部に(もちろんそれ以外にも)触れて、味わって、全部俺のものにしたい。

またぼんやりしていたのがバレたのか、「ちゃんと集中して」と鋭い言葉が飛んでくる。ああ、声も好きだな。ただし、俺は別にMっ気はないから、できればもっと甘い声が聞きたい。頭の端から痺れていくようなやつ。出させてやりてえ。そう思ったが、さすがにそろそろ真面目に目の前の問題に取り組まないと、好感度が下がりすぎて、口をきくことすら叶わなくなりそうだ。仕方なくペンを走らせる。さっぱりわかってないけど。

小テストの点数が悲惨だった俺に与えられた課題に、彼女は根気よく付き合ってくれている。隣の席のよしみで、ダメ元で頼んでみたのだが、二つ返事でOKが返ってきて、予想外すぎて一瞬反応に困ってしまった。には、「せっかく引き受けたんだから、うれしそうにしてよ」と怒られた。

同じクラスの女の子。気持ち明るく染めた茶髪を、いつも高い位置でひとつに結んでいる。馬のしっぽ。とはよく言ったものだ。笑うたびに揺れる。揺れるたびに、少し痛んだ毛先が光を含んできらきらと透けるみたいに輝いた。

好きだなと思う。よく笑うから。ポニーテールが似合うから。こんな風に放課後付き合ってくれるくらいに面倒見がいいから。全部の語尾に疑問符がついた。どこがいいとかは正直分からない。分からないが、すっげえ触りたい。好きだ。

「また別のこと考えてるでしょ」

覗き込むように下から顔を見上げて来る。無防備に膨れた頬に手を伸ばしたい。そもそも、こいつが悪いんだな、と思った。こいつのせいで俺の課題は全然進まねえんだ。俺はそれでもいいけれど、ずっとこのままいれるのなら。

「おまえのこと」
「・・・は?」
「おまえのこと考えてんだよ、ずっと」

言うと、え、ちょ、は、と、はすっげえ面白い顔をした。ぱくぱくと打ち上げられた魚みたいに呼吸困難を訴えている。間抜けだ。でもすっげえかわいい。好きだ。好きだ。

紅潮する頬。耳。動揺で瞬きしまくる瞼。震える睫毛。仰け反る。そのせいで膨らみを強調してくる胸。キスして、押し倒して、全部、全部、俺のものにしたい。

けど。けれども、そんなことをすると、こいつは一気に逃げそうなので。手をとって、手の甲に口づけを落とした。自分でも惚れ惚れするくらい至極紳士的な動作だ。そのまま顔を上げて、目を合わせて、いまだに閉じていない唇を視線でなぞった。

とりあえず今はこれで我慢してやるから、早めに俺で手を打てよ。



(2016.02.29)

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