テーブルランプの仄明かりを眺めていた。もう随分とそうしている気がする。耳を澄ませると、夜の静寂を縫うように虫の声が響いている。人の気配は感じ取れない。私はひっそりと深い呼吸を繰り返した。何度目かの(もしかしたら十何度目かの)あくびをかみ殺し、気を抜くと落ちてしまいそうな瞼をぎゅっと瞑った。瞼の裏に残った光がちかちかと瞬く。もうすぐ帰ってくるであろうあの人に、ただ「おかえりなさい」と「おやすみ」を言うためだけの夜更かし。テーブルランプの真横に並べた小さな時計の短針が3を指す。時刻は深夜3時。彼が遠征から帰ってくる予定の時刻だった。
彼に焦がれる感情に溺れてしまうのではないかと、いつも少しだけ怖かった。けれど、それよりももっと確かに彼のそばにいたいと願ってしまう私は、とっくに深みに嵌ってしまっている。深い水底から仰ぎ見る景色は、無音で冷たく煌いている。しっかりと繋がれた手のひらの熱だけが、私にゆっくりと呼吸を促すのだ。
「まだ起きてたのか」
気付くと眠りに落ちてしまっていたらしい。声をかけられた方に目を移すと、遠慮がちに開けられた障子から風呂上りらしい御手杵が顔を覗かせていた。どのくらい意識が飛んでいたのだろうか。「おかえりなさい」少しばつの悪い気持ちでそう告げると、彼はかすかに目を細めた。「ただいま」とやわらかい声が続く。それからにやりと彼の唇の端が引きあがった。そのいたずらっぽい笑みに、はたと我に返る。
「それ、あんたが持ってたのか」
彼が部屋に入ってきた。後ろ手に障子を閉めながら、笑いをかみ殺すような表情を作っている。私は手にしていた彼の上着を慌てて離したが、取り繕うこともできず、ただ頬が熱くなるのを感じた。
「寂しかったのか?」
御手杵がからかうように、しかし存外温かい声色で尋ねてきた。私は顔も上げられずに、「聞かないで」と弱々しく答えたが、彼は私のすぐ隣に腰を下ろすと、ただ私の答えを静かに待っているようだった。
沈黙の幔幕が下りて二人を包んだが、不思議と息苦しくはなかった。私は時計の秒針が規則的に走る音と、それに比べてみるみるうちに早くなる自分の心音を噛みしめるように聞いていた。しばらくそうしていたが、御手杵はあいかわらず何も言わないので、私は観念して首を縦に小さく振った。
「おいで」
御手杵が言った。赤くなっているであろう頬を抱えたまま、おずおずと彼の方に視線を向ける。御手杵の熱い手のひらが、私のそれを包んだ。それからもう一度、「おいで」と繰り返す。そっと彼の胸に身を落とすと、ゆったりとした動作で優しく抱きしめられた。風呂上がりの彼のにおいは甘く私の胸をくすぐる。
あなたがここにいるということ。その焦がれる感情に一瞬の隙間もなく、ただ埋め尽くされてしまいたい。
theme / どうやったって君に勝てない
@saniwan60さまより
(2016.05.02)
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