夜中に目が覚めると、隣にいたはずのひとがいなくなっていた。まだ開き切らないひとみで辺りを見回すと、御手杵が部屋の隅でふすまに寄りかかりながら瞼を閉じていた。布団からはすこし距離があって、寝息が聞こえないから、彼が起きているのか眠っているのか分からない。
 御手杵、とちいさく呼びかけてみたが、彼はわずかに身じろぎしただけで、それ以外に目立った反応は示さなかった。布団をマントのようにひきずりながら、彼のもとへ歩み寄る。うつむいた顔をのぞき込むと、眉間にしわを寄せて、いかにも寝苦しそうにしていた。けれども、なんだか起こすのは悪い気がして、彼の隣に腰を下ろし、自分とそれから彼に布団をそっとかぶせた。
 布団がからだにふれると、一瞬、御手杵が目をぎゅっと強くつむって、喉の奥をちいさく鳴らした。それから隣に座ったわたしのからだを引き寄せ、肩口に頭をあずけてくる。
 しばらくじっと息を殺していると、またひそやかな寝息が聞こえてきた。
 外は雨が降っていた。わたしも彼のあたまに自分のそれをあずけながら、ゆっくりとまぶたを閉じる。御手杵の寝息としずかな雨音が、心地の良い子守歌のようだった。ふれたところから伝わるぬくもりに埋もれていく。

 わたしは雨が好きだ。正確に言うと、好きになった。
 普通の学生だった頃、わたしは雨が嫌いだった。雨が降ると、電車は混むし、その上遅れる。車内は奇妙な熱気と湿気で充満していて、電車が揺れるたびにふれる、誰とも知らないひとの熱が嫌いだった。
 けれども、審神者としてこの地にやってきて、刀剣男士たちと、御手杵と過ごすようになって、雨も悪くないなと思えた。突然の雨に降られても、御手杵はいつものゆるゆるとした態度を崩さず、おー、恵みの雨だなあ、なんて、濡れながら言い放つのだ。隣で光忠さんが慌てて洗濯物を取り込んだりしているのに、まるで意に介さず、目をつむって気持ちよさそうに雫を享受する彼は、純粋で素朴な美しさがあった。見とれてわたしも濡れていたら、光忠さんには怒られてしまったけれど。

 今夜のような優しい雨音は、じっと耳をすましていると、まるで海のなかにいるみたいな気分になる。深く深く沈み込んでいくにつれ、意識が波にのまれていくようだ。
 ざざん。ざざん。
 ずっと昔から聞いているような、懐かしい音。潮騒。
 彼がどうしてこんな風に眠るのか、気にはなったけれど、いまはただ、わたしはゆるゆると穏やかな闇に落ちていく。





 なんだかふわふわと、綿に包まれているような心地よさを感じた。浅い眠りから目覚めると、先ほどまで布団のなかで寝入っていたはずのを抱きかかえるようにして眠っていた。安心しきった顔が眼前にあって、思わず笑みがこぼれた。
 温かい。布団が被せられていたが、もちろんそれだけではない。
 のやわらかな髪に顔を埋めると、ちいさな寝息が断ち切られ、くぐもった声と身じろぎが続いた。

 のおかげで現身を得、もう一度戦う機会を与えられたことには大いに感謝している。そして何よりも、彼女に教えられたこの真新しい感情を。
 けれども、このからだ自体には、なかなか慣れることができなかった。まず横になるというのがどうにも落ち着かず、と閨を共にするようになっても、彼女が寝静まってから、こそこそと布団から這いだし、薄っぺらな眠りを貪ってから、明け方近く、彼女が目を覚ます前に布団へ戻るということを繰り返していた。
 に知られたくなかったのは、単純に彼女の安らかな眠りを妨げたくないと思ったのと、それから彼女がこの事実を知ってしまえば、自分を責めるような気がしたからだ。
 はいつも、どこか俺たち刀剣男士に対し、負い目を感じているような気がしていた。屈託なく笑い、遠慮のない力強い指示を出す、凛然たる態度を見せる時も、どこかひとみの奥に憂いが見えた。強情な彼女は、さりげなく聞いてみても、一切白状しなかったが。
 ただ時々、眠りに落ちる間際、確かめるように聞くのだ。今日も自分はちゃんとやれていたか、と。

 起こさないように、そっとを抱き上げる。一瞬顔をしかめたが、またすぐ、すうすうとかわいらしい寝息が再開した。を敷布団に寝かせ、その上に布団をかぶせる。どうしたものかと思案したが、俺も彼女の隣に、もう一度一緒にもぐりこんでみた。がちいさく身じろぎして、俺の腕を抱き枕よろしく抱え込む。まいったなあ、と思いつつ、腕に伝わる熱の心地よさに、ゆるゆるとまどろみが這いよって来るのを感じた。

 外は雨が降っていた。やわらかい雨音が鼓膜を揺らしている。
 深く深く落ちていく気がして、空いている方の腕でのちいさなからだを抱きかかえた。一定のリズムを刻む彼女の呼吸が、鎖骨に触れるのを感じながら、俺もそっとまぶたを落とす。

 今夜はゆっくり眠れる気がする。深い海の底。ふたり寄り添いながら。



副題 / 浅い眠り
@DN60_1 さまより

(2016.04.11)

material by hadashi

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