今日は一松くんとの久々のデートだった。引きこもりがちな一松くんは、なかなか自分から会いたがってくれない。よく考えたら、一度も誘われたことがないかもしれない。一方的な状況に虚しさを感じて、しばらく音信不通を装ってみたのに、一松くんは全然堪えていないみたいで、先に根を上げたのは当然のように私の方だった。惚れた弱みというやつだが、さすがに寂しさは拭いされない。それでも、今日一松くんに会えるというだけで、スキップで待ち合わせ場所まで向かえそうなくらい気分が弾んでいる。ばかみたい。ばかみたいに好きだ、一松くんのことが。
今日は天気が良くて、ぽかぽかした日差しが暖かくて、もうすっかり春なのだなと気づかされる。待ち合わせ場所で見つけた一松くんは、いつものパーカーにマスク姿で、1ヶ月も会わなかったのが嘘みたいだった。驚かせようと背後から忍び寄ると、「わっ」と声にするのとほとんど同時に、一松くんがこちらへ振り向いた。「あいかわらずだね」とマスクの向こうからくぐもった声が聞こえてきた。ふっと息を漏らす音が続いて、彼が笑ってくれたのが嬉しくなった。
のんびり公園を散歩しながら、一松くんの新しい「友達」を紹介してもらった。一松くんのなけなしのお小遣いで調達されたおやつを食べているらしく、野良猫のわりには毛並みや艶も良く、ちょっとぽっちゃりしている。一松くんが抱っこして撫でてやると、嬉しそうに一鳴きして、私の方をちらりと見た。その視線が得意げに感じられて、確かに私はあんな風に慈しむように彼に触れられたことはないかもしれないと思った。うっかり自分で掘った穴に落ちるみたいに気分が沈みかけて、憂鬱を吹き飛ばすみたいに、ぶんぶんと何度か強く頭を横に振った。
「座る?」
「友達」を腕から解放して、一松くんが傍のベンチの方へ視線を向けた。それから私に戻ってきた目が、戸惑いのかたちをしているのに、それでいて有無を言わさない感じもあった。私は首を弱く縦に振って、ベンチへ向かった。一松くんが一歩くらい後ろを着いてくる気だるい足音が聞こえていた。
「天気いいね」
「うん」
核心を避けるようなぼんやりした会話。ベンチに座ってから、一松くんは何度か天気の話をした。「今日は雲がないね」「太陽がまぶしいね」「空が青いね」「明日も晴れるらしいよ」珍しく饒舌な(それにしたってほかの人からすると、全然無口な方だと思うけど)一松くんの言葉に、私が曖昧に頷くたび、彼はいつもの眠そうな目を向けて、まじまじと私の顔を見つめたあとにすぐ逸らすという動作を繰り返した。様子がおかしいのはわかっていたけれど、私も言葉を忘れてしまったみたいに、「うん」としか言えなくなってしまっていた。
「最近どうしてたの」
語尾が下がって、問いかけなのか分からなかった。軽く首を傾げながら、喉の奥を鳴らして一松くんを見ると、マスクをかけている形の良い耳がいつもより血色が良い気がして、心臓が跳ねた。
「メール、なかった」
「うん」
「・・・」
「ごめんなさい」
「別に謝ってほしいわけじゃない」
「うん」
「嫌になったかと、思って」
「違うよ!」
私の今日一番の大きな声に、一松くんが飛び起きたみたいに目を見開いた。視線が左右に迷うように二、三度ふらついてから、私をまっすぐに捉えた。
「あんたは俺の太陽だから」
「えっ!」
ぼんっと爆発するみたいにマスク以外の部分が全部真っ赤になって、一松くんが瞼を落とした。少し震えている。私は今言われた言葉の意図が予想外すぎてすぐには飲み込めず、頭のなかの神経がゆっくりゆっくりつながっていく音を聞いていた。その間、一松くんの顔色は赤から青へ、そしてようやく私のシナプスたちが正常に稼働し、一松くんのさっきの言葉を理解しきった頃には、どす黒いオーラが漏れていて、「クソ松」「殺す」とか、断続的に物騒な言葉が浮かび上がっていた。
けれども、言われた内容を理解したときに、今度は私が爆発してしまって、唇は意味のある言葉を紡げなくなった。それでも、一松くんに誤解されている気がして(あとなんだか彼のお兄さんの身の危険を感じてしまって)、真っ赤に染まった指先で、遠慮がちに一松くんのパーカーの袖を引っ張った。一松くんはそれで正気を取り戻したみたいで、真ん丸に丸めた目でもう一度私を見た。おそらく数分前の彼と同じ色をしているであろう私の顔を。
「ありがとうございます」
最初に出てきた音は、思いのほか色気のないもので、一松くんはおかしそうに目を細めた。
「一松くんこそ、私の、太陽です、よ?」
恥ずかしくて、ごまかすように最後の言葉の語尾を上げてみせた。一松くんはもう一度目を見開いた。その後、彼がはじっこから鮮やかに色づいていく様を、私は人生で一番幸せな気持ちで見届けた。私の視線に耐えかねて、瞼を伏せた一松くんの睫毛が震える。ポケットから手を出して、袖口を掴んでいた私の手を、一松くんが一度だけ躊躇ったあとに握った。壊れ物にでも触るみたいに丁寧な彼の指が、私の手の平を柔らかく撫でたとき、心臓がぎゅっと痛くなって、もう今死んでもいいかもしれないなんて思った。
カラ松に教えてもらったその言葉の破壊力を、自分に向けられてみて初めて思い知った一松くんは、もはや身も心もカラ松ボーイズです(2016.02.24)
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