嫉妬、裏切り、蔑み。この世界にこんな汚いもの存在していいはずないのに。神さまが作った世界はもっと完全で美しいものなんじゃないの。だとしたらここはどこなんだろう。私たちが立ってるこの世界は、綺麗な夕焼けが落ちていく向こう側の世界は、いったい誰が作ったの。







「泉のバカー」
「何で俺なんだよ。悪いのはあいつだろ」
「泉もバカー」
「……大体、紹介しろって言ったのはだろうが」
「うるさい馬鹿」

泉は普段通りの冷静さを崩さずに、あまりにも自然にそう言い放った。それは信じられないくらい正論で、私はただ目を潤ませることでしか、彼に訴えかける術を知らない。けれども、泉はそんな私の顔なんて興味ないみたいに、ずっと世界の端っこに目を向けていた。無駄に高い建物や密集した住宅街のせいで、そんなもの一センチも見えやしないのに。……馬鹿じゃないの。

ひとめぼれのどこが悪いの。それだって、そういう形だって、きっと絶対に一つの恋の形なのに。差別される筋合いなんてない。ひとめぼれして、好きになって、その人と仲良くなりたい、できれば彼の隣にいれる女の子になりたいって思うことがどうしていけないんだ。だから私は渾身の勇気と図々しさを振り絞って、君に頼んだんじゃないの。それに応じた泉に罪はないのは分かっているけど、少しくらい申し訳なさそうにしてくれたってバチは当たらないと思うよ。というか、そうしなきゃバチが当たるんだ、当たればいい。

「そっから先はお前らの問題で、俺関係ねーし」
「ある」
「ねーよ」
「あるもん」
「何?責任とれって?」
「何?責任、とってくれんの」

どうしてそんなにいじわるく笑うの。きっと泉は、自分は悪くないのに謝って、ごめんって謝って、半分呆れながらも慰めてくれると思ってた。期待してたのに。裏切ら、れた。なんて、お門違いもいいとこだって知ってるよ。ごめんね。責任なんて本当はどうだっていい。今はただ泉に八つ当たりしていたいだけなの。ごめんね。

私好きだったの、彼のことすごく好きだった。始まりはひどく簡単で軽々しかったけれど、気持ちは、私の気持ちは、彼があの時鼻で笑うことなんて黙認できないほど、重かったのだ。浮気された、なんて嘆いてる女の子たちが羨ましい。妬ま、しい。私なんてその浮気に使われたのだ、本命だって思ってたのに浮気だなんて、これほど痛いことはないんじゃないか。私の気持ちと同じくらいの重さで、彼は私を好きなんだと思ってたのに。

はたはたと零れる涙に泉は動揺することはなかった。「泣くなよ」って目を細めて、男の子にしてはさっぱりとした良い匂いがしそうな腕のなかに引き寄せて、抱きしめてくれるはずがなかった。ただ、世界の端っこを見つめていたはずの目をこちらに向けただけだ。こっちを見て、蔑む、ような顔をして。その視線からは可哀相だなんて哀れみは空から落ちてくる雨粒一つ分も感じられなかった。

「ごめんね」
「別にお前が謝る必要ねーだろ」
「ごめん、ね」
「やめろよ」

泉はその時久しぶりに私の顔を見た、というような懐かしい顔をした。そう私は感じたのだけれど、本当は私が泉の顔を久しぶりに見たのだ。私の一挙一動に動揺して傷ついて、その痛みに麻痺してしまいそうになっている彼の顔に。私はいつもこの顔に安心していた。ああ私この人に好かれてるって、そう思うたびに優越感と蔑みがあった。だけど私は振り向かないよって。

「世界はどうしてこんなに汚いの」
「何言ってんだ、お前」
「だって・・・」
「きたねーのは、俺とお前だよ」

そんであいつは異常なんだ。ごめん、俺、お前が傷つくの見たかった。あいつが異常なの、知ってた。悪い。泉は本当に申し訳なさそうで、可哀相な顔をしていた。その顔はこれっぽっちも汚くなかった。むしろ素敵だった。ひどいこと言われて、されたのに、素敵だった。

神さまが作った世界は本当はとても綺麗だ。だって今は向こう側を照らしている太陽は、さっき世界の端っこに飲み込まれていった太陽は、とても美しかった。群青色の空は、ところどころ白を散りばめた空は、それはそれは美しい。良かったよ、私と泉で。汚いのは私と泉で。君が異常じゃなくて良かった。私と同じにいてくれて良かった。

「だから俺はお前の周りの俺以外の男全部に嫉妬してんだ」

ちきしょう。彼が悔しそうにそう呟いた。



(2016.07.17)

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