「君、かわいいねー」
「今からどこ行くの?」
「俺らと遊ぼうよ」

いかにもな風貌の二人組の男たちが私の進行方向に立ちはだかった。軽薄そうな唇に嫌な笑みを浮かべて、男の一人が私の腕を掴む。一瞬、条件反射で腰に忍ばせた拳銃に手が伸びそうになって焦った。面倒な状況だが、さすがに民間人相手に発砲するわけにはいかない。

今日は貴重な非番の日で、市街地へ普段滅多に行けない買い物に来ていた。誰に見せるわけでもなく少しだけお洒落をして、大佐がいたらうるさそうな短めの丈のスカートをはいてみた。その点は百歩譲って私の非だったとして、どうしてこんな目に合わなければいかないのか。しかし、自分でも驚くほどいざとなると声が出なかった。我ながら情けない。
いつもはそれこそ死線を潜るような任務につくことも全くないわけではなく、そういうときの自分は比較的冷静になれる方だと思う。あの青い軍服に身を包むと、何でもできるような気にもなるし、何もできないことも思い知れる。現時点の自分の限界と周りの求めていることを見極め、最善の動きを最速で行う。いつもはこんなことを頭で考える間もなくやりきってしまうのだから、今日のこの体たらくには不可解さとともに羞恥が込み上げた。

「は、はなしてください・・・」
「まあ、いいからいいから」
「俺らはちょーっとだけ遊ぼうって言ってるだけだよ」

薄っぺらい笑みを張り付かせた男が、かわいらしく語尾を上げながら少し首を曲げてこちらを見た。もう一人の男は私の腕をぐいぐい引っ張って、そのまま路地裏に引き込むつもりらしかった。こんなときにアームストロングさんがいてくれれば、いつものように着ている服を脱いでその筋肉美でこの小悪党たちを圧倒(ひかせるとも言うが)してくれるのに。なんて考えている自分は、意外とまだ余裕があるのかもしれないとは思うが、相変わらず腕には力が入らず、足も踏ん張りがきかない。

「お前ら何してんの?」

覚えのある匂いが鼻をくすぐり、首だけ後ろに向けると軍服姿のハボックがいつものくわえ煙草で立っていた。これはまずいところを見られた。ばつが悪くて目を逸らした。ぐるぐると頭の中で損得を勘定してみたが、このまま路地裏に連れ込まれるよりは、ハボックに助けを求めた方が数倍マシだという結論がすぐに出た。とりあえず一週間お昼を奢るということぐらいで手を打ってくれないだろうか。伺うようにハボックを見ると、くくっとハボックが喉の奥を鳴らしたのが分かった。

二人組の男たちは、彼の青い制服に一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに平静を取り繕い、「あんたこそ何だよ」と私の腕を強く掴んだまま言った。確かに私たち軍人は、軍に対する好感度も考えて、市民の「悪さ」のある程度は目を瞑ることを強要されている。そのため、「善良な」市民は時に私たちに対して妙に強気の態度を見せる。しかし、その程度を決めるのは各人の裁量の範囲だ。普段は全く喜ばしくないが、「女性のため」とあらば私たちの上司はそのあたりをかなり見逃してくれる。

「俺のに、手、出さないでもらえます?」

ハボックはぐいっと私の腕を引っ張ると、自分の腕の中に私の体をすっぽり収めてしまう。そうきたか、と思った。まあ、確かに見逃してくれるとはいえ、お咎めに合うこともあるわけだし、私事にしたわけか。先ほどの状況から抜け出せたことへの安心感とハボックに対する感心を、深い息で吐き出した。すると、ハボックはのんきな私の様子に呆れたのか、小さくひとつため息をついたあと、男たちに向き直る。本気ではないだろうが、彼が拳銃を抜くような仕草を見せると、男たちは脱兎のごとく逃げ出していった。路地裏に静寂が訪れる。

ハボックはめいっぱい煙草を吸うと、一気に腕のなかの私に対して吹きかけた。突然のことでむせてしまう。意地悪そうに口の端をゆがめながら、むせる私を見る目は満足げだ。非難の言葉が口をついて出そうになるが、ぐっと口元を押さえてしまいこんだ。ここで彼と揉めるのは得策じゃない。こんなこと軍部の皆にばらされたら一生の恥だ・・・。

「お前、何やってんだよ」
「んー・・・買い物、ですかね」

媚びるように曖昧に笑うと、彼の顔が静かに怒りの色を増したのが分かった。

「・・・すみません」
「声出すとか何とかしろよ」
「そ、そうですよね。おっしゃる通りで・・・」

それが出来てたらこんなことになってないわ!心のなかで毒づきながら、従順を絵に描いたような顔で答えたつもりなのに、ハボックは目ざとく私の顔の強張りを見つけてきて、「反抗的に見えるのは気のせいじゃねえよな?」と目を細めた。観念してもう一度謝ると(誠心誠意、可能な範囲で)、今度はごまかせたのか、彼の視線が途端に柔らかくなった。これはこれで困る。

「そういえば、何でこんなとこにいるの?」
「あー・・・例の人探しよ」
「また逃げたんですか(あの無能)」
「そうなんスよ」

ため息をつきながら肩を竦める。それがほとんど同じタイミングだったから、二人して目を合わせて軽く笑った。それから、思ったよりハボックとの距離が近くて焦った。そういえばまだ彼の腕のなかにいる。ハボックはそれを知ってか知らずか、私の肩を抱いたまま、まだおかしそうに笑っていた。そろそろ離してもらおう、と彼の胸に手をついて押し返そうとしたとき、彼の体の向こう側から寒気を感じた。正確に言えばそれは熱気だったのだが。

はいつからお前のものになったのだね、少尉」

低くドスの利いた声が聞こえたと思ったら、パチンという音と共にハボックの顔のすぐそばを赤い光が過っていったのが見えた。彼の髪の先がチリチリと焼けて縮れている。

「た、大佐・・・!」
「ケシ炭になりたいかね?」
「あの、大佐、これにはちょっとしたトラブルがあってですね」
「そ、そうなんスよ。つーか、さっきのも言葉のあやというか、」
「ほう。では、その腕はどう説明するつもりだ?」

冷ややかな声音とは真逆の表情の大佐の視線の先には、確かに私を抱きしめるハボックの腕があった。慌てて私はこの会話の前にやろうとしていた動作――彼の胸を押し返して腕のなかから抜け出す――を行った。ハボックもほぼ同時に私の体を解放したあと、真っ赤な顔をして口元を手で押さえるから、こちらもまともに照れてしまう。熱くなった頬を押さえる。

そんな私とハボックの表情は、大佐の神経をさらに逆なでしたらしく、ここのところで一番美しい笑みを浮かべると、「危ないからな」と私だけ自分の傍に引き寄せた大佐が腕を上げた。その直後、再度パチンという小気味の良い音が聞こえて、ハボックが先ほどの男たちと同じように一目散に逃げ出すのが見えた。とはいえ、彼が逃げ切れる程度の焔だったから、大佐もさすがに部下は殺したくないらしい。

「さあ、行こうか」
「いや、話が全く見えないんですけど」
「君はあまり細かいことを気にしなくても良いのだよ」
「そんなにこやかに言われましても・・・」

今度は大佐に肩を抱かれたが、すかさずその手を払いのけ、彼から少し距離をとった。

「どうした?」
「あの、大佐、仕事しなくていいんですか?」
「・・・君はやはりミニスカートが似合うな」
「堂々と話をそらさないください!」

どこぞのエロ親父のような大佐の発言に怒りを覚えて、いつもの職場気分で大声を出してしまった。視線が一気にこちらに集中して、恥ずかしさに私が俯くと、大佐は何事もなかったかのような顔で今度は私の手をとって歩き出した(これが鈍感力というものなのか・・・)

「あの、大佐、職場に戻るんですよね?」
は面白いことを言うな」
「(全然面白くないんですけど!)」
「誰にも邪魔されない場所だよ」
「や、ほんと意味が分からないです」
「少尉に先に君を奪われてはかなわないからね」

相変わらずの良い笑顔を張り付かせて、大佐はまるで挨拶のように言ってのける。

「だから、ハボックと私は別に何もないですよ」
「分かっているよ、君が愛しているのは私だけだということくらい」
「いや、それも勘違いです」
「照れているのかい?」
「だ!か!ら!違うって昨日も一昨日も3日前も言いましたよね!」

またもや声が大きくなってしまう。慌てる私をさも愉快そうに眺めながら、「君は本当に可愛いな」と言った大佐の頭上5cm辺りを何かが掠っていく。それの正体は不本意ながらなれてしまった火薬のにおいと、その前に耳にした聞きなれたおなかの底に響くような音によって明白だった。

「仕事をしてください、大佐」

振り向くと、両足を肩幅に開いて拳銃をかまえる中尉がそう静かに呟くのが聞こえた。





過去作を加筆修正。ハボックはFA界の不憫代表(2016.02.21)


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